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ロト6予想ソフトは詐欺? [情報商材]

 ネットの世界は嘘に満ち溢れている。

 現実世界なら逮捕されるようなことでも、ネットでは少数の人間が詐欺を指摘するだけで、当の本人なり会社は、大手を振ってまかり歩いている。

 特に情報商材の世界では、詐欺商材を掴まされる危険が9割以上あるとおじさんは見ている。

 中でも、ギャンブル系はほとんどが詐欺商材だと断定していいだろう。

 とにかく、セールスレターの実績と、購入後の実績の隔たりは目を覆うばかりであり、それについて販売者や運営会社からは何の弁明もない。

 年間何億だ、何千万円だと景気よく打ち上げられてはいるが、きちんと検証して公表する人がいないため、いわば言いたい放題というのが現状である。

 刑法を学んだ人ならご存知だろうが、犯罪というのは要件があり、それをすべて満足していなければ、その犯罪については無罪である。

 無罪とは起訴された人が犯罪を犯さなかったということではなく、検察官が描くストーリーを支える証拠が構成要件を満たさなかったというに過ぎない。

 政治家の中には贈収賄の容疑で起訴され無罪判決が出たことを受け、身の潔白が裁判所により証明された、という御仁がいる。裁判所は潔白かどうかなどに関心はないはずだ。採用した証拠を基に、当該犯罪を証明し得ているか否かを判断しているだけである。

 よって一つの要件でいいから、その証拠を崩しさえすれば、あとはどれほど真実が立証されていても、疑わしきは被告人の利益にということで無罪判決が出るという次第である。

 詐欺の場合は、相手を欺罔する意思があることが要件の一つになっている。これは心の持ちようであるから、相当立証が難しい。

 だから現実世界では人を断罪するときには、厳密に言葉を用いる必要があるが、ネットの世界で好き放題やっている連中には、おじさんは限りなく詐欺に近いなどと言い直す必要を感じない。

オークション [つぶやき]

 今おじさんは、密かにオークションを楽しんでいる。

 これまで幾つかオークションで買い物をしたことはあった。しかし、出品者としては初めての経験である。

 おじさんの参加しているのはここだ!!と、リンクを貼り付けたり、バナー広告を置きたいのだが、如何せん仕方が分からない。^^;;

 どなたかご指導願えれば有難い。…無理か見ている人がいないもの…

読書の話2 [つぶやき]

 前におじさんの読書量は万を超えていると言った。

 でも、数えた訳ではないし、何処までが読了と言えるかという点も難しいね。たとえば、雑誌カウントするのかとか、漫画はどうかとか、文庫本なんかには巻末に解説というものがあるが、それを読んでなくても1冊と数えてもいいの? とか、幾らでも突っ込みどころはある。

 週刊誌でも漫画とエロ記事は確実に読むけれども、読まないところもたくさんあるという人がほとんだろう。それを1と数え、漫画を1と数えれば、俺も私も万巻など達成してるさということになる。もちろん、おじさんは皆一冊に数えてもいいし、そういう人達に敬意を表する。

 また、立ち読みはマナーが良くないが、少年漫画なら1冊読んじゃったという者はたくさんいるだろう。それも1冊にカウントしない理由はないよね。

 だから、君たちも万巻を読破した男と女だ。

 

文章を書くのは体力? [つぶやき]

 はっきり言って、ブログの使い方がよく分からない。

 いろいろ読んで少しずつ上達しているとは感じるが、そうすると記事が疎かになる。

 おじさんは本業もまずまず忙しい。その上に何やかやと役を押しつけられる。最初はPTAの役、自治会の役など誰もがどこかでやる役職に始まって、仕事がらみの役が加わり、その役職が徐々に上がり、一泊で会議やイベントに出席したりすることが増えてくる。

 問題なのは、それらがほとんどボランティアということなんだね。最低の交通費とか、笑うような日当などが出ることは出るけれど、仕事をしている方が収入は絶対に多いし、出費もおさえられる。

 だからと言って、その役職に伴う責任は常について回り、結構厳しく追及を受けたりする。おまえがやれという言葉は禁句で、そんな奴にやらせたら組織が混乱することは目に見えている。

 だから収入は減るは、口撃されるで、いことは一つもないにもかかわらず、人からは『好き』だという単語で処理されてしまう。

 しかし、それはいい。おじさんにとって問題なのは、ものを書くという事が日常的で、そんな作業に精力を奪われることなんだ。その人のものを書くという精力が100あるとすれば、普段80も使ってしまえば、ブログに費やせる力はそれほど残らないということなんだよ。

 その100の力がおじさんの倍以上ある人なら、十分余力をもってブログも書き続けることが出来るかも知れないけど、おじさん自身が、若い頃に比べ、70%ぐらいに落ちているから、どんどん差が広がっているように思えてならない。

 先ほど精力と書いたが、文章を綴るのは体力の側面が大なのかも知れない。

読書の話1 [つぶやき]

 何事であれ、継続するというのは大変だね。

 だいたい半年で何でも飽きてくるおじさんも、こと読書という点では長く続いており、読んだ書籍はおそらく万を超えていると思う。

 でもいくら本を読んでいても、それを「生きる」ということに生かせなければ、時間つぶしのパチンコと変わらない。と偉そうに言っては見せているけれど、おじさんも、とても生かせているとは言い難い。

 今は、ネットで情報が即座に得られ、とても便利になった。しかし、その反面、取捨選択ということをしないと、情報の海で迷子になりそうだ。

 ウィキペディアというみんなで作る辞典のようなものがあり、おおよその疑問は解けてしまうよね。普通は、その知識でいいと思うのだが、おじさんは歴史に関してはまるで参考にしていない。その理由はいつか記すときが来ると思うが、今は信じない方が良いとだけ言っておこう。

 だから本を読めとは言わないが、たとえば今、好きな著者や作家があれば、その本に出てくる人物の書籍や作家を追って行くという方法がある。それを繰り返すうちに、いつしか自分の人としての傾向が固まってくる。

 若いころ好きで寝食を忘れて読んでいた小説家の作品が、いま久しぶりに読んでみると、懐かしいだけでさほど心に響かないと言うことがある。

 それは当然なのであって、数十年経って同じように感動していれば、その人の人生は薄いものでしかない。その間の人生経験も、読書歴も、思索時間もほとんど意味がないということだから。

 しかし、だからといって、その期間が無意味であったということではないよ。無意味な経験というものはない。その経験があって今があるんだ。だから昔お世話になった人ということでいいんんだよ。

 ちょっと疲れてきたから、続きは今度・・・。

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